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龍虎城跡

龍虎城跡
  • 指定区分:市指定文化財
  • 種別:史跡
  • 指定日:H5.3.1
  • 所在地:曽於市財部町南俣11175
龍虎城イメージ図

龍虎城イメージ図

龍虎城(財部城)は鎌倉時代に財部六郎正信が築城したといいます。正信は本姓肥後氏で、岩川信基の孫(信家の子)ともいいます。
城は本丸・二の丸・財部城・飯地・池之上・小城・桜城・中丸・外城・野首・松尾・和田尾の12の砦から成り、その形はあたかも虎が伏し、龍が踊っている姿に似ていることから龍虎城といわれています。現在は、城山公園として財部町のシンボルとなっています。
慶長4(1599)年の庄内の乱の際、財部城には、忠眞の甥にあたる伊集院甚吉や、伊集院長右衛門、猿渡肥前守等が守備しました。島津軍は、富隈の島津龍伯が白鹿岳に布陣し、龍虎城を睨みました。日光郷ヶ迫や古井原で激戦が繰り広げられましたが、伊集院甚吉達は、龍虎城を守りきりました。慶長5年3月15日、本城である都城城の開城後、十二外城の中では一番最後に降伏し、庄内の乱は終結しました。その後、伊集院抱節(久治)が初代地頭、喜入久正入道昭嘉が2代地頭、伊集院宮内少輔忠昭が第3代地頭となり、この頃に財部郷の基礎が形成されました。
なお城内には、城荒神(かまど神社)と富山石見守夫婦の墓があります。富山石見守は伊集院方で、庄内の乱の際に日光郷ヶ迫にて島津家の家臣讃良善助の銃撃により戦死した武将です。

お問い合わせ先

曽於市教育委員会 社会教育課
〒899-8102 鹿児島県曽於市大隅町岩川5629番地
メールアドレス
TEL:099-482-5958 FAX:099-482-1148

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