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瑞川寺跡

  • 指定区分:市指定文化財
  • 種別:史跡
  • 指定日:R3.3.9
  • 所在地:曽於市末吉町岩﨑

       快宥の墓

末吉町岩﨑宮原の岩之上霊園の周辺は、江戸時代、鳩嶺山瑞川寺があり、岩川八幡宮(現岩川八幡神社)の別当寺(神仏習合が行われていた江戸時代以前に、神社を管理するための寺)でした。神社は菱田川を挟んだ向かいの小高い丘にありました。現在、瑞川寺跡には、僧墓5基、近世墓11基等が残っています。
快宥の墓は、高さ170センチメートル、塔身の幅54センチメートル。塔身は月輪、竿は六面で、正面に「見性院開山法印権大僧都快宥」、右に「貞享三年(1686)丙寅」、左に「壬三月三日寂」、背面下に「鳩嶺山瑞川寺」の刻字があります。
江戸時代初期、瑞川寺の僧であった快宥は、当時荒んでいた八幡神社の復興に尽力した人物です。延宝2(1674)年、京都の石清水八幡神社に参詣し、阿弥陀如来を刻した御神体4面(銅鏡)を持ち帰ったと記録にあり、これは今も現存しています。
僧墓5基の刻字から、初代住職は快宥、2代秀意、以下、頼盛-貫盛-快源と続いていたようです。
瑞川寺跡とその墓石群は、江戸時代の岩川八幡神社や弥五郎人形行事の歴史を考えるうえでも貴重な史跡といえます。

お問い合わせ先

曽於市教育委員会 社会教育課
〒899-8102 鹿児島県曽於市大隅町岩川5629番地
メールアドレス
TEL:099-482-5958 FAX:099-482-1148

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